当たり前への疑問

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何人かの人間に辛い別れの話を告げて、
次に社内の無駄と感じる部分を全部改善しようと決めていた。


広い事務所を借りて一年経っていたが、
その中で一番疑問を感じていたことがひとつあった。


「なんで事務所が必要なんだ?いらねーんじゃねぇのか?」


最初は事務所を借りたら何か良いメリットがあると
妄信的だったが、一年経っても何のメリットも感じることが
出来なかった。


なぜならば「パソコンだけで仕事が完結する」からだ。


・朝からスタッフが出勤してきてタイムカードを押す。
・まずは全員で15分間の掃除を行う
・その後、会議室に集まって簡単な朝礼を済ませて仕事開始
・昼休憩まで黙々と作業を行う
・休憩後はまたパソコンで黙々と仕事をする
・時間が来たらタイムカードを押して家に帰る


「おいおい、コレ家でいいんじゃないの?」


この一年間、ずっと、ずーーーーーっと思っていた。


実際、相方や友人たちにもそのことを何度か伝えたことがある。


「事務所じゃないと指示出来ない」
「時給計算が出来ない」
「社員は事務所で働くのが普通」


・・・と言われ相手にされなかった。普通は社長にそんなクチを
聞くこと自体ありえないのだが、こういうのが友人同士で
会社をやっている一番ダメな理由だと思う。


みんな都合よくスタッフや友人を使い分ける。
ただ、これは彼らだけじゃなく僕もそうだったと思う。
そんな自分も嫌でたまらなかったから別れを告げたわけだが。。。


話を戻すが僕は「なんとか在宅で出来ないか?」という強い思いがずっとあった。


特に会社がピンチになったときはより一層強く感じていた。
なにせ事務所の家賃だけで月16万円、鈴鹿だとみんな車通勤だから
月極駐車場を何台か借りて合計20万円以上。


パート、アルバイトへの交通費も無駄に思った。


さらに事務所が広いからエアコンといった電気代もバカにならない。
その他、細かいことを言えばトイレットペーパーやお茶菓子、
お肌がすごく乾燥するからと3台も購入した加湿器。
挙げればキリが無いが全てがムダに感じていた。


在宅でのお仕事が可能になればこれらの全ての固定費を
一気に無くすことが出来ると感じていた。


しかし、このときは僕の中でもネックとなっている部分がいくつかあった。


・・・「教育」「管理」「共有」の三つ。


指示は電話やメールでなんとかなっても何かを教えるのは
目の前で見せないとかなり難しい。


特にウチは仕事柄、やらなきゃいけないことがコロコロ変わる
ことも多かったので、仕事を見せることが出来ないと教えるのは
とても大変だと感じていた。


管理の面でもメールのやりとりだけでは厳しいと思っていた。
自分が毎日、大量のメールをさばかなくてはいけない。


最後に情報の共有。何か起こったとき、同じ事務所にいれば
全てを一瞬で情報共有することが出来る。


それが家にいるとこれまたメールのやりとりしか無いので
いろいろキツイと感じていた。


頭の中で「こうしたい」というイメージはあったのだが
どうやってカタチにすればいいのか?という具体的なアイデアは
浮かんでこなかった。


諦めることが出来なかった僕は色々と調べているうちに
ひとつのキーワードにたどり着いた。


・・・クラウドに続く

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別れを告げた日

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年末を控えて大きな仕事が全て一通り終わろうとしていた。
会社としても二期目をなんとか乗りきれそうだった。


そして来季の3期目を迎える前に「やるならいましかない」と
決めていたことがあった。


それは社内体制の整備だ。まずは人員整理からだ。


何度も話しているが、この半年の間に経営者の方と出会い、
その中でさまざまな貴重なアドバイスを頂いた。


そして「会社は甘くない」ということも身を持って知った。


「友人同士で一緒に会社をやっていくのは無理だ!」


中には昔からの親友同士で会社を経営して上手くいっている
ところもあるが自分たちは無理だと確信した。


社内にいる共同経営者である相方と二人の友人と一緒にいる
ことに精神的にも限界を感じていた。


このときは正直、話すのも嫌ってぐらいになっていた。
表面上では仕事に支障が出るのでそんな嫌な態度は
取らないようにはしていた。


しかし僕は隠すのがヘタなので、誰もクチには出さないが
みんなにも伝わっていたと思う。


「もう、みんなで一緒にやっていくのは無理だ」


・・・電話で伝えた。辛い電話だった。


直接、会って伝えると決めていたのだが他の用件で
電話した流れでそのままイキオイで言ってしまった。


長い間、話したが相方も「これは無理だな」ということを
理解してくれた。


まぁ、相方のほうも遅かれ早かれと予想出来ていたと思う。


そして相方だけじゃなく、社内のスタッフの何人かにも
「ごめんなさい、もう来なくていいです」と伝えた。


当然、相手もショックを受けているのだが、
伝えるほうも辛いことだ。


なかなか眠ることが出来なかったことをよく覚えている。


甘ちゃんと言われれば反論出来ないが初めての経験
だったのでやっぱりきつかった。


ちなみに余談となるが、そのときの相方と二年ぶりぐらいに
二人でお酒を飲んだ。


お互い普通に笑い、普通にお酒を飲み交わした。


あのとき別れていなければ絶対こうなってなかったはず。
遅くなればなるほどもっと悲惨な別れ方をしていたのは間違いない。


二年経ってから「あのときは判断は間違ってなかった」と
心の底から感じることが出来る一日だった。


・・・当たり前への疑問に続く

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決算

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「オレは売る!とにかく売ってくる!!」


決めたのが7月。それからガムシャラに動きまくって
あっという間に11月の終わりを迎えていた。


2010年はそれまでの人生でもっとも濃い一年だったのは間違いない。


そして12月は一年の終わりというだけじゃなく
ウチの会社の決算月でもあった。


そう、2010年の通知表がいままさに渡されようとしていた。


7月から確実に売上は伸びてきていたが11月時点では
残念ながらまだ合計で赤字の状態だった。


そして11月は複数の大きな提案が同時に動いていた。
全てが順調に進めば余裕で黒字。


しかしもし、万が一全てが途中でおじゃんになったら
会社はまたピンチに陥るかもしれない。まだまだ予断を許さない
状態であった。一切、気を緩めることは出来ない。


そして寒かろうが体調を崩そうが相変わらず夜行バスで
東京や大阪にガンガン通っていた。


僕は寒いのが苦手なので冬の夜行バスはかなり辛い。
窓際からスースーとした風が入ってくるからだ。


だから通路側に座っているのだが、新宿到着時の朝の6時に
おりたときの寒さはいつも半端じゃなかった。


そんな努力が実り、二つの大きな提案が無事に決まりつつあった。


結果、今年に入ってから一番大きな売上をあげることに成功した。
計算してみたら大赤字で会社が潰れると思っていたのに
最終的には黒字で終わる計算になった。


・・・嬉しかった。メチャクチャ嬉しかった。


残念なオチがあって、一番大きかった案件が納品後の
支払いとなったことで結局、2010年だけで見たら赤字で終わった(笑)


ただ、2011年は最初から当然、大きな売上をあげることに
なったわけですが。。。


ウチの嫁さんは僕が甘えるといけないと思い、
とにかくいつも厳しかったが、このときはさすがに褒めてくれた。


経験が無かろうがやればなんとかなるもんだと
いまでも思っている。


そしてこの年は新たな出会いに多く恵まれたことで
この年からいまでも良いお付き合いが続いている人も大勢いる。


個人的に「人脈」という言葉がなんとなく嫌いだが
良き友、良き先輩、良き師に恵まれていると思っている。


ちなみに今日の夜もそのうちの一人と飲みに行く。
まぁ、それはどうでもいい話ですが(笑)


ただ、嬉しかったことは沢山あるのだが次にやらなくては
いけないと決めていた辛い仕事があった。


そのことからすごく嬉しかったのに喜べたのは一瞬だけだった。


・・・別れを告げた日に続く

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経営者として

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ガムシャラに動くことで売上が良いカタチで伸びてきた。
夜行バスに乗りまくっていると疲れもすごくたまるのだが
それ以上にこの手ごたえがたまらなかった。


そんなある日、これまた半分営業のようは半分仕事のような
カタチである会社に訪れた。


二人のスタッフが話し相手をしてくれたのだが
そのうちのひとりが何気なく「速さは品質ですからね」と
ボソっと言った。


彼にとっては本当になにげない一言だったと思うが
僕は背筋がゾクゾクーっとなるような感覚に襲われた。


納品が遅かったことで気が狂いそうになった経験。
とにかく量をこなすために少しでも早く物事を終わらせようと
常に意識していた僕にピッタリの言葉だった。


おかげでいまもこの言葉を自分の中の座右の銘として使っている(笑)


口癖も常に「迅速に!」「迅速に!」と言うので
スタッフからも社長はせっかちとよく言われていましたしね。


他にも色々な方と会うことで知らない世界を教えてもらった。


高級キャバクラがどうのとかそういったショボイ話ではない。
自分よりも長い間、経営者であった人間からは本なんかとは
比べ物にならないぐらい学ぶことが多かった。


ブログの最初のほうの記事で書いたことがあったかもしれないが、
僕は社長や代表取締役という肩書にこれっぽっちも興味が無かった。


会社の経営状況が悪化すると全ての責任が自分に感じるので
「なんで経営者なんかになったんだ」と何度も後悔していた。


しかし、いまは全く逆、経営者になって良かったと心の底から
思っている。


理由としては経営者同士の話はとにかく濃い!
尊敬出来る人もすごく多い。


これは会社の大小は一切関係ない。僕から見て個人的に一番カッコイイ
と思っている社長は業種も全く違うおじさんだ。


それこそ若くして大成功を収めている人間にもあったし、
すごいとは思ったが、カッコイイと思うのは鈴鹿市にある某社の社長さん。


これは二年以上経ったいまでも変わらない。


たしかに辛いことも多い。会社が苦しいときはアルバイトよりも
役員報酬が低かったこともある。


けど、それでもなってよかったと思っている。
これは苦しい想いをしたからこそ気がつけたことだと確信している。


・・・決算に続く

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変化

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東京、大阪、名古屋と夜行バスやカプセルホテルをフル活用
しながら移動しまくっていた。


会う人全てに売り込んでいたのか?というと実は違う・・・。


なぜならば営業マンでも無い僕はどう売ればいいいのか
全くわからなかったからだ。


どう売ればいいのか分からないけど、とにかく人に会っていた。
そしてその中でひとつだけ決めていた自分のルールがあった。


それは「去勢を張らない」ということだ。


数多くの人間と会っている中でよく感じたのだが
クチでは景気の良いことを言っていても景気良くないんだな
ということが不思議とよく分かる。


良い車に乗って、良い時計をつけて、良いスーツを着ていても
なぜか不思議と「しんどそうだな」というのがわかる。


別にエスパーでもなんでもないが不安や焦りを隠そうとする
違和感が表面上に出てきているからだと思う。


他の人に聞いても同じことを言っていたから特別なことじゃない。


あともうひとつの理由として僕自身、隠し事がすごい苦手だった。
これはいまでも変わらない(笑)


だから常に素のままの自分で会いに行った。


言い方は下品だが「心はフルチン」が当時のテーマだった。
いまでもそうだったりするけどね(笑)


結果、営業どころか会社の相談ばかりしていた(笑)


「いまウチの会社ヤバイんですよね?」とものすごく儲かっている
会社の社長に普通に相談していた。


会社する前は何やっていたの?と聞かれたといも普通にパチスロで
メシ食ってましたと答えていた。


それだけで二度と会ってくれない人も何人かいたが
仕方ないと思っていたし気にもならなかった。


するとその中で何人か手を差し伸べてくれる人が出てきた。


そしてウチの会社のサービスを買ってくれたり
使ってくれる人も増えてきた。


結果も出ることで紹介してくれる人も出てきた。嬉しかった。


お金を使うだけでまともな収益を生み出せなかった会社に
少しずつ変化が訪れた瞬間だった。


不細工にガムシャラに動きまわっていたことは決して無駄じゃなかった。


中には「それは偶然すぎ、ツイてる」と言われるような
不思議な出会いや大きな売上も出てきた。


話は面白いと思うので書きたくて仕方が無いが
その方たちに万が一にでも迷惑をかけるわけにはいかないので
書くことは辞めておきます(笑)


・・・経営者としてに続く

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決断

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鈴鹿でセミナーの集客には成功したがいますぐお申し込み
してくれるお客様にはなってくれなかった。


結果、ものすごい時間を使っていたこともあり、
会社の経営状態はますます悪化していた。


土日も休むことなく会議をしたり仕事をしたりしていたが
もう打つ手無い状態に陥っていた。


そんな状況を見かねて嫁さんがある日、言い放った。。。


「もう、売ってくるしかない!それ以外やることないやろ?」


その通りだと思った。泣きごと言っているヒマもない。
時間をかけてSEO対策をしているヒマもない。
とにかく売ってくるしかない。


このひとことで完全に腹をくくった。


「オレは売る!とにかく売ってくる!!」


そうなったらとにかく表に出ようと決めた。
片っ端からアポイントを取ったし、セミナーとか異業種
交流会とかあったらそれらに参加した。


ちなみにこのとき異業種交流会は二回ほど参加したが
もう二度と参加しないと決めている。あれはホント無駄。
また別の機会でお話します(笑)


本題に戻りますが・・・


鈴鹿では売れないということはセミナーで充分に
理解することが出来たので、東京、名古屋、大阪で売ろうと決めた。


東京や大阪のセミナーとかで知り合った人に片っ端から
アポイントを取っていった。


アポイントが取れたら一週間ぐらい朝から晩まで
ギュウギュウに予定を詰めて直接会いに行った。


新幹線に使うお金も勿体無かったので夜行バスで東京に行き、
宿泊先はカプセルホテル。


そのカプセルホテルを根城にして色々な所に顔を出しまくった。


三重県に戻ってきていたのに「明日なら会えるんだけど」と言われたら
それこそ「あ、丁度明日から東京でした」と言って、
その日の夜のバスで東京に向かったこともあった。


大阪でアポイントが取れたら、東京から大阪まで夜行バスに行き、
また大阪から東京まで夜行バスに乗ったりしていた。


ウィラーという夜行バスのクレジットカードも作った。
カードを作ると少しグレードの高い席が空き席の場合、
無料でそこにグレードアップしてくれるからちょっと嬉しかった。


ちなみに三重県や名古屋から東京行きの夜行バスに乗る人は
若い女の子ばかりで、ビジネススーツ姿の僕はすごく浮いていた。


周りの女の子たちは最終目的地であるディズニーランドに
向かうから当然と言えば当然だ。


夜行バスは肉体的にもしんどかったが、精神的な部分のほうが
辛かった思い出がある。


・・・変化に続く

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鈴鹿市でセミナーをやると決めてからガムシャラになって
集客をした。知り合いにも片っ端からお願いした。


40名近くの人が集まることになって勝負どころだと気合いを入れた。


セミナーの内容にはとても自信があった。
SEO対策なんて鈴鹿で誰も知らないから度肝を抜かせる自信があった。


実際、このころSEO対策はまた上手くいきはじめていたので
アフィリエイト報酬は少し上向きになっていたというのもある。


そして運命のセミナー当日。


ほとんどキャンセルもなく、40名近くの人が集まってくれた。
東京よりはるかに少ない人数なのにガチガチに緊張した。


話もとぎれとぎれになり聞きにくかった部分もあると思うが
参加者が知らないことが多かったため、ものすごく喜んでもらえた。


終わった瞬間、参加してくれた全ての人がお客様に見えた。
ようやく会社に光が指したように思えて、その日の僕は
とても満足だった。。。


・・・しかし、現実はそんなに甘く無かった。


その後「伊藤社長のセミナーが凄かったです」という評判は
周りからも沢山耳にした。


しかし、実際にお客様として相談に来る方は全く居なかった。
その中で二人ほどお仕事をお願いしてくれた。


この二人はセミナー前からすごく気にかけてくれていた人
だったのだが、実際に仕事を申し込んでくれたことには
すごく感謝している。


なぜならば僕が逆の立場だったとしたらおそらくそのときの
僕に仕事はお願いしないと思うからだ。


どんなにすごいノウハウの話が出来たとしてもその当時は
マイナスの雰囲気に満ちていたのは間違いないからだ。


会社の状態がかなり良くないことも見えていたと思うが
それをわかったうえでお仕事を申し込んでくれた。


涙が出るぐらい嬉しかったのだが、それだけで会社の状況が
劇的に変わるわけでは無かった。。。


それどころか状況は悪化の一途を辿る一方だった。。。


・・・決断に続く

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ショックとチャンス

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結婚式が終えた後も会社の売上は悪化の一途をたどっていた。
新しく始めたサービスも大コケに終わった。


そんなときインターネットビジネスをしている人間にとって
すごい大きな出来事が発表された。


「Yahoo検索がGoogle検索に変わります」


GoogleのSEO対策を得意としていた僕らにとってはかつてない
ショックとチャンスを同時に与えてくれた。


ショックだったのは「もし、セミナー前の順位のままだったら
とんでもない収益だったのに」ということ。


チャンスだったのはSEO対策が売れる!ということだ。


「それだったらなぜ自分たちでやらないのか?」
「なんでもっと早くに売らなかったのか?」


こう疑問に感じる方は当然だと思う。


結果的には僕らもそれだけやっておけばよかったのだが
SEO対策は数ヶ月間を要するため、目の前のお金が無かった
僕らには当時、選べない選択肢だった。。。


何よりも一夜にして順位が落ちたショックによる
SEO対策へのトラウマが当時は抜けきれなかったというのもある。
どちらかというとそれが一番大きな原因だった。


しかし、そのときは同時進行でSEO対策は行っていたので
今のやり方でも順位が上がるということはよくわかっていた。


ただ、当時、Yahooが検索の7割のシェアを占める中で
ウチのようにGoogleだけのSEO対策というのは売り物として
全く成り立たなかったのだ。。。


それがYahoo検索がGoogleに変わる?それはかつてない
チャンスだと思った。


「ここしかない!!」と思った僕はSEOサービスを売ることだけを
色々と考えた。


そして鈴鹿でSEO対策のセミナーをすることを決めた。


とにかく色々な集客方法を試した。チラシ、フリーペーパー、
ツイッター、リスティング、知り合いの紹介など。。。


そしてなんとか40名近くの人に来てもらえることになった。
勝負所だと思ってそのセミナーの緊張度はかつてないモノだった。


・・・鈴鹿市で初めてセミナーをやった日に続く

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最悪の結婚式

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結局、会社が最悪の状態のまま結婚式を迎えることになった。
挙式は新婚旅行を兼ねてそのままハワイ。


普通なら最高なんだけどね。実際、一緒に行く嫁さんは
幸せいっぱいの顔をしていた。


その顔を見ると余計に切なくなった・・・。


「ハワイでは嫁さんのことだけを考えよう」


しかし、ハワイに入って楽しい場所に行けば行くほど
「オレはこんなことしていていいのか?」と不安になった。


アトラクションとかいっても全く楽しむことが出来なかった。
気に入らない部分ばかりが目についた。


そしてお酒のイキオイも入って、なぜか嫁さんと
仕事についての話になった。


嫁さんが色々とアドバイスしてくれるのだが
それが全部、自分のカンに障った。


最終的には「うるせぇ!」とどなり散らしてしまった。


このときの嫁さんはいままで見たことがないぐらい
悲しい顔をしていた。


その顔を見て我に返ったがもう遅かった。
独りで涙を流しながら夜のハワイの海辺を歩いた。


でっかい金属探知機で浜辺の危険物をチェックしている
監視員みたいな人に「どうしましたか?」と心配されて
余計に切なくなった・・・。


そしてハワイから帰ってきた。


このままじゃ夫婦関係もダメになると思い、
嫁さんにいまの会社の現状を全て話した。


嫁さんは自分よりも社会経験が長かったし、
会社の中でも10人以上の人間を動かすディレクターだったので
僕ら以上に会社の深刻さをすぐに理解した。


なぜ、こうなるまでほったらかしにしておいたのか?と
心の底から思ったらしいし、どなり散らしたかったと思うが、
僕らが逆切れするのが目に見えたからだろう。


グっとこらえてくれいたのが良く分かった。


そして後から言われたのだが、そのときの会社は嫁さんから見て
完全に潰れるしかない状態だったらしい。


潰れた後、どうやって僕のことを養おうか考えていたと言っていた。


・・・ショックとチャンスに続く

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納品されてこないプログラム

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新しいサービスを開始するにあたりプログラムを頼んでいた。
お願いしていたのは仲が良かった人だ。


しかし、納品日を過ぎてもプログラムが全く納品されてこない。


電話をかけたら「すみません!もうすぐ出来ますので?」と
平謝りされる。


知り合いだからそう強くも言えず「わかりました」と言っていたが
心の中ではかなり焦っていた。


結局、納品されたのは一カ月も遅れてのことだった。。。


「あの・・・全く使い物にならないのですが」


納品されてきたプログラムを見て愕然となった。
そう、こっちがお願いしていたモノをはるかに下回るというか
自分たちでも作れるようなモノが出来上がってきたからだ。


社内で不満の言いあいになったのだがもうどうしようもない。
とにかく売るしか無かった。


なぜならばそのために一人、営業マンも新たに雇っていたからだ。
すでに一ヶ月間、彼を遊ばせている状態だったのにこれ以上、
遊ばせている余裕はなかった。


けど、結局これではやっぱり売れないからと修正することになった。
それでまた一カ月先延ばしになった。


仲が良いから安いからという理由で取引したらとんでもない目に
合うんだなということをこのとき痛感した。


そしてこんな業者にはなっちゃダメだ!という意識から
自分はいま納品日より早く仕上げることは最重要視している。


なに当たり前のこと言ってるの?と思うかもしれないが
当たり前のように納品遅れてくる人が多いというのも
いまでも嫌ってほど味わっている。。。


納品日に仕上がってこないから催促すると
身内に大事故か不幸が起きている確率がすごく高い。


中には本当にそうな場合もあるかもしれないが、
二人に一人以上はそうなのでさすがにありえないかなと思っている。
みなさんはどうですかね?(笑)


あと、このとき「出来ないことはキッパリと断る」ことも重要だと
言うことも学んだ。


失った信用を取り戻すのは難しい。
誰でも出来る仕事であろうがこの会社にお願いすることは二度と無い。
どんな困ったことがあっても絶対に助け舟は出せない。
とても悲しいことだと思う。


・・・最悪の結婚式に続く

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